COVID-19の影響により、医療機関の受診の自粛が行われている。
そのため、癌が見過ごされ、治療が遅れる可能性が指摘されているが、それが具体的にどれほどのインパクトがあるのか、イギリスでは試算が行われていた。
2010年以降のイギリスのデータと自粛はじめの数ヶ月の動向から、どれほど癌での超過死亡が増えるのかとの試算が7月に発表された。
引用論文
Maringe C, Spicer J, Morris M, Purushotham A, Nolte E, Sullivan R, Rachet B, Aggarwal A. The impact of the COVID-19 pandemic on cancer deaths due to delays in diagnosis in England, UK: a national, population-based, modelling study. Lancet Oncol. 2020 Aug;21(8):1023-1034. doi: 10.1016/S1470-2045(20)30388-0. Epub 2020 Jul 20. Erratum in: Lancet Oncol. 2021 Jan;22(1):e5. PMID: 32702310; PMCID: PMC7417808.
要旨
背景
イギリスは2020年3月23日より、NHSのCOVID-19への対応への負担軽減を目的に初めてのロックダウンを敢行。そのため、他の疾患の発見や治療が遅れることが懸念された。
本研究では、治療レジメンの変化などではなく、癌の発見や診断の遅れに伴う影響について考察した。
がん検診などは全国的に延期されており、がんの初期治療にあたることができる唯一の方法は、GPによる2週間にわたる緊急受診紹介( urgent 2-week-wait referral pathways for suspected cancer)もしくは救急受診のみに限られた。さらに、コロナの感染を恐れてか、前者の数も最大で80%も減少しており、影響が懸念された。
癌の影響は慢性的なものであり、がんの種類によっては発見の遅れによる死亡は5年以上にもわたって生じないこともある。
方法
乳癌、大腸直腸癌、肺癌、食道癌の4種類の癌についての予後をモデリングした。
・対照群:2010年1月1日~12月31日に上記癌と診断された患者のうち、診断時に15~84歳で、route of diagnosisがコードされていた患者
・フォローアップ期間:2014年12月(乳癌、大腸直腸癌、食道癌)、2015年12月(肺癌)
イギリスでは、National Cancer Regisitration Serviceが癌患者に対して健診、診断予後などのデータをリンクして登録しているため、それらのデータを用いて解析している。
これらの患者において、年齢、性別、deprivation、居住地に基づいた予想寿命を算出して検証した。
〇モデリング
初めの1年の患者の予後については、2010年~2018年の傾向をほとんど受け継ぐものとして考え、また発見がCOVID-19の影響により遅れるものと想定する。
これらを2週間にわたる緊急受診紹介( urgent 2-week-wait referral pathways for suspected cancer)もしくは救急受診による受診件数を勘案し、どれだけ診断の遅れが予後(stage migration, survival)に影響するのかを検討した。
モデルの対象として含めた期間:2020年3月16日(physical distancing開始)から12か月にわたり受診や紹介に影響が出るものと想定した。急性期、そして紹介との受診比率はパンデミック前の対照群の比率を維持した。
乳癌ではかなり初期の段階で診断されることが多く、12か月で極端に進行する例は多くないと考え、モデルに加えた症例、診断時にステージIII,IV と診断される比率である25%のみを採用した。
上記に基づき、パンデミック前と比較した超過死亡(excess mortality)を算出した。
〇想定した3つのシナリオ
シナリオA:通常の紹介、そして救急診療がパンデミック前と比較し100%のキャパシティーで機能している場合
シナリオB:3月16日以降、紹介が80%減少する(すでに見られたデータに基づく)ものと想定し、それが3か月継続されると想定する。それ以降はシナリオAと同様
シナリオC:シナリオBと初めの3か月は同様だが、その次の3か月も紹介受診が25%減少すると想定する。
上記すべてのシナリオで、常に救急診療は100%のキャパシティを維持できるという前提に成り立っている。
〇統計解析
すべての患者をランダムに3つのシナリオに分け、診断された時期に応じて救急と紹介の枠に割り振った。割り振りの比率はパンデミック前の対照群での割合を採用した。シナリオBとCでは、一部の患者が受け入れられないという想定で再配分を行った。
これらの診断方法に基づき、パンデミック前後での合計死亡数を比較し、YLLs (Years of Life Lost)を算出した。
統計解析はmultivariable excess hazard modelにて解析した。この際、癌以外による死因の例は解析から除外した。
結果
survival outcomeは増加したstage III, IVの患者数に相関して増加した。(図は本文参照)
それぞれのシナリオでの超過死亡は程度に差はあれど増加した。
考察
これらの4種類の癌では、合計で3291~3621人の超過死亡、YLLsに換算して59204~63229年が失われるものと推定された。
今回の想定に加え、医療従事者がCOVID-19への対応を余儀なくされ、さらなる治療の遅れが出る可能性も否定できない。さらに、紹介受診をされる前にGPなどを受診する際、重大、もしくは緊急の症状などがなければ受診しないことも想定される。遠隔医療の導入も進んでいるが、それにより正確な診断が可能となるのかについては現段階では未知数で明日r。
このような影響を最小限にとどめるための政策介入が急務である。
具体的な内容として、COVID-19と自らの症状がどちらが深刻であるのかを検討してもらうよう促す、癌に特有の症状がある場合には受診を促すなどの啓蒙活動の実施、さらに診療キャパシティの増加を検討すべきである。
また、ロックダウンなどで受診数は激減しているが、ロックダウンを解除したからと言って受診数が元に戻るとも限らず、ロックダウンを終了するタイミングでの啓もう活動も重要となる。
所感・雑感・考察
イギリスでは状況が異なるが、日本でCOVID-19により死亡したのと同等の人数が癌の見逃しにより超過死亡として増加するという点は無下にはできない点である。
治療法の開発により寿命が延び、これらの試算がoverestimateとなることも考えられるが、現在COVID-19への対応で医療現場が逼迫している中でどこまで新しい治療法が開発・さらには認可まで持ち込まれるかに関しては悩ましいところであろうと思われる。
日本においても同様の解析ができないか検討してみたが、日本の癌統計は個々の患者のアウトカムに結びついているわけではないため、このような綿密な解析は不能であると判断した。
日本でも同様の現象が起きていることは推定されるため、何らかの試算が必要になる。
一案としては検診数とその検診による10年後の死亡低下率を用いて、実際に減少した検診数から治療を検討することも可能であろうが、これでは検診以降の治療に関する影響は測定できない。
そのような意味でも、イギリスの医療に関するデータ取得への力の入れ方に関しては目を見張るものがある。
日本では厚労省がこのような統計を取り扱っているが、2020年12月末の段階では例年ルーチンでとられている統計もまだ公表されていないものが多く、日本でのCOVID-19への医療現場・社会への影響が分析しきれていないという現状がある。